未知数Xを求めて

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未知数Xを求めて

21世紀流グローバルサバイバルのススメ

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禅寺で3日4日修行してきた話。住職がドイツ人で修行僧の30%が外国人のクレイジーテンプルで自給自足生活した結果。

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学生時代に書いた記事なんで、文章拙いですが、ご了承下さいm(_ _)m



3年ほど前、兵庫県のかなり山奥にあるお寺に、3泊4日泊まり込みで修行をしてきました。


とある雑誌の片隅にほんのわずかに載っていた情報を頼りに、


「俺も悟りの境地に達することができるかもしれない」


といったワクワク感と、


「悟るまで帰してもらえないんじゃないか」


といった不安の両方を胸に、乗客のほとんどいないバスでちっぽけな田舎町の駅に到着した。

そこからお寺までバスが出ていると聞いていていたので、バス停で待っていると、衝撃的な事実が発覚した。


「土・日・祝は運休しております」


本日土曜日。


「なに。。。」


すかさず現地まで歩いて行けるかどうかをグーグルで確認。



「17km。。。」


まいったな、このまま歩いていけば日が暮れてしまう。

約束の時間までに到着できない。

これが、悟りを求めに行く者の態度でよいのだろうか。

お坊さんに禅問答攻撃を受けて、再起不能になるかもしれない。

様々な不安が走馬灯のように頭をよぎる。


その時、道行く一般車を見てひらめいた。


「そうだ、公共交通機関という枠に縛られていた。」

近くのホームセンターで気さくなお兄さんに声をかけ、段ボールとビニールテープを調達。

そして、こんなものを作ってみた。



写真 12-05-26 18 37 29


これを持って車の通る道路脇に立ち、通り過ぎる車にひたすら訴えかけた。




アピール

アピール

アピール


ひたすらに通り過ぎる車。

アピール

アピール

アピール。。。



「やっぱり無理だな。時間かかるけど歩いて行こう。」


あきらめかけたその時。


一台の車が、停車した。


「乗っていきー。」



穏やかな老夫婦がゆっくりとドアを開けてくれた。


世も捨てたもんじゃないと思った。


もともと全く逆方向を目指していたのに、わざわざ停車してくれたようだ。

田舎町の話や、息子さんの話で盛り上がりながら険しい山道を上ること40分。

目の前に景色が開け、ようやく目的地の寺の前についた。

写真 12-05-28 10 56 15

送ってくれた老夫婦に感謝を伝え、僕は寺へとつながる階段を上った。


まるで、「千と千尋の神隠し」に出てくる異世界のような、
神秘的な地へと向かっている、胸が高鳴る感覚があった。






階段を登り終えると、そこには意外にも文化住宅のような建物があり、
「神聖な場所」というよりは、どこか人間に寄り添うような
「親しみやすい場所」といったイメージの方が強かった。


写真 12-05-28 10 49 55


出迎えてくれたお坊さんに挨拶をして広間に入り、そこで寺での暮らし方の説明を受けた。


そこで驚かされたのは、食事一つとってみても、細部に染み渡るくらいまで規律が張り巡らされていることだ。


例えば、食事の時間は30分ほどあるのだが、そのうちの半分ほどは一心不乱にお経を唱えている。

また、ごはんをよそったり、おかわりをする際にも一回一回お経を唱え、
食事を終えるときは、皿についた残り汁も漬物で拭いて食べ、無駄を徹底的になくす。


「勿体(もったい)ない」

世界的に認知されて久しいが、
物の価値を余すことなく最大限に生かした、

「勿体ある」

生活がそこにはあった。



部屋はこんな感じ。



禅堂はこんな感じ。



トイレには「トイレの神様」がいた。








その日は、修行の合間のつかの間の休憩である
「放参」の日であったので、修行はなく、その日はご飯を食べて9時には床に就いた。

かなりの山奥なので、周りに明かりなどあるわけもなく、消灯した境内は真っ暗であった。


星がきれいな夜だった。









「カンカンカンカン」


翌朝3時45分、境内には目覚ましの鐘が響き渡る。


まだ真っ暗闇の中、眠い目をこすりながら木造のきしむ廊下を歩きながら禅堂へと向かう。

これから2時間の座禅が始まる。



「いよいよ来ましたよ、メインディッシュ!」

と、のんきなことを考えながら一礼をし右足から禅堂へ入る。


まさかあんなことになろうとは。。。



坐禅は前半1時間、後半1時間の合計2時間で構成されており、
その最中は体を少しでも動かしたり、音を立てたりすることは許されなかった。

幸いこのお寺は、棒でたたかれるようなことはなかったので安心した。


坐禅が始まる鐘を合図に、1時間の坐禅が始まった。

坐禅の際、足の組み方として「結跏趺坐(けっかふざ)」と「半跏趺坐(はんかふざ)」の二つがある。





図のように前者は足を組む際、両方の足を太ももにのせるやり方である。かなりきつい。
それに対して後者は、片方の足のみ太ももに乗せるため、比較的楽である。
初心者であれば普通このやり方から入る。


しかし、僕にはプライドとみなぎる自信があった。


体の柔らかさでは随一の中学・高校時代を送ってきた自分に、怖いものなどなかった。


「結跏趺坐」を迷わず試みた自らのストイックな精神に酔いしれる自分がいた。


しかし、自己陶酔もつかの間に、しばらくして何か足元から違和感が全身に広がってきた。
それは、生温かい感覚とともに、泥沼をかき回したようにドロドロとした痛みとして、身体をむさぼり始めた。


僕は少し動じはじめていた。



「落ち着け。痛みなど幻想だ。無になれ、無に」


そんな言い聞かせにもかかわらず、痛みはさらに広がっていく

「っや、やばい、いや!やばくない、無になれ、っや、やばい。いや!やばくない、無だ無」



こんな葛藤を繰り広げているうちに、だんだんと意識がもうろうとし、まわりの景色が歪んで見えた。
そして、頭痛とともに猛烈な吐き気を催した。

「やばい、死ぬ」


そう思った僕は、決して動いてはいけない坐禅中に、畳の床をはいつくばりながら救いを求めて禅堂抜け出した。



もうろうとする意識の中、千鳥足で水道を探し当て、水を飲んだ後ぶっ倒れた。


「坐禅」に敗北した瞬間であった。







気付けば坐禅は終了しており、周りの方に心配されつつもそのまま朝食へと向かった。




朝食の後には、「作務」という作業がある。

この寺では完全に自給自足を行っており、田んぼや畑に入って農作業を行うのが基本だ。

僕は畑仕事に振り分けられた。





修行に来ているメンバーは、住職がドイツ人ということもあって外国人が3分の1を占めていた。


その中の一人である、謎のドイツ人女性と共に作業を行った。

彼女は、いろいろ訳あってここに修行に来ているようだった。
自分のことをあまり話したがらない彼女であったが、作業の後に


「疲れた?」

と聞いた時


「弱音を吐いちゃだめよ。前向きにねっ」


と返してきた時の、青い瞳をした笑顔が印象的だった。


昼ご飯を食べた後に、また作業に戻った。

ひたすら種を植えたり、土を耕したりする土まみれの作業であった。



その中で、ふと考えさせられたことがある。

それは「労働」の意味だ。

普段僕たちは、「お金を得る手段」として働くイメージが強い。
そのお金で生活に必要なものを買ったりすることで、生きていく。
つまり、
「労働」⇒「お金」⇒「生きること」

へというプロセスを経る。




しかし、この自給自足生活では、労働の対価としての「お金」は支払われない。
ただ、自らが食べていくために「働く」。
つまり、「お金」を媒介せずに「労働」と「生きること」がダイレクトにつながっているということだ。




僕たちの生きる資本主義社会では、「お金」によって人は動く。
より高い給料を得たいといったモチベーションが強烈に働く。



しかし、「お金」を得ない労働は、

「労働」と「生きること」が隣り合わせ
でありそのせいか、そこで働く人々はとても生き生きとしていた。

「働くことの意味」を、そこに観た気がした。





その日の労働が終わり、夕食をとった後、しばらくドイツ人住職と話す機会があった。

そこでの問答の一部を紹介する。




「人生を充実させるためにはどうしたらいいのですか?」


住職「常に死を意識しなさい。死ぬことを受け入れれば、何も怖くなくなる。スティーブジョブズも禅に学んだように、今日死ぬなら何をするかを一生問い続けなさい。」



非常に説得力のある住職の話を終え、また坐禅を行う。




「今日死ぬなら、何をするべきなのか?」


さっきの問いが頭から離れなかった。






坐禅が終わった後、まるで落ちてきそうなほど満天な星空の下で、あるお坊さんと語りあった。




「何でお坊さんになろうと思ったんですか?」


お坊さん「なんか、ひたすらお金を稼ぐだけの生活がむなしくなってね。」


彼は大学を出た後、一流企業の社員としてバリバリ働いており、かなりの高給取りだったそうだ。その中でも、成果を上げ、若くしてどんどんと昇進していく中で、何か満たされないむなしさを感じていたそうだ。


「これからは、本当に好きなことをやっていきたい。」


農作業で日焼けした顔の中に、きらりと光る目を輝かせながらそう言った。







皆が床に就き境内が闇に包まれたとき、星のカーテンを眺めながら再び先ほどの問いが降ってくる。




「今日死ぬなら、何をするべきなのか?」




禅の開祖である道元は次のように詠んでいる。




春は花 夏ほととぎす 秋は月
 
冬雪さえて すずしかりけり



季節が巡るように、花が散っていくように。

全く同じこの瞬間は二度とない。


この刹那的な「いま・ここ」を、最大限に引き受けるには、


自分にとって本当に大切なことを、価値のあることを問い続けねばならない。










翌朝も眠い目をこすりながら、まだ真っ暗な中、廊下を歩いて禅堂に向かう。

三日目にしてようやく坐禅にも慣れ、少し気持ちよくなっていた。




そして、帰るための荷造りをしてから前日と同じように作務を行った。


この日も金銭を媒介しない、ただ生きるための労働を行った。


着実な充実感と心地よい疲労感が、額を滴る汗とともに爽やかに感じられた。


その日は、昼食が始まる前にお世話になった方々へとあいさつをし、禅寺を後にした。

「また来てなっ!」と一言あっさりとしたあいさつに、すがすがしい後味を残した。



これで3泊4日の禅修行は、質素な満足感とともに幕を閉じた。


バスを降り、帰宅の途に就くとき、どこか世界がいとおしく観えた。

ありとあらゆる「縁」によって奏でられる「いま・ここ」は、過ぎ去ってはまた瞬時のうちにやってくる。


流れる川のように、散りゆく花のように。

決してとどまることのない「縁起の海原」で、どのように舵を切っていくか。

そう問われた修行生活であった。