未知数Xを求めて

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未知数Xを求めて

21世紀流グローバルサバイバルのススメ

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劣等感に苛まれた幼少期~高校時代まで/僕の人生②

ずっと「普通の子」になりたかった..幼少期から強烈に感じていた「劣等感」

 

物心ついた時から、心の奥底にはいつも

周囲に理解されない「孤独」と「劣等感」が横たわっていた。

 

「なんで自分は人と違うんやろう?」

「なんでみんなにはできて、自分にはできひんねやろう?」

「なんで自分は人と仲良くできひんねやろう?」

 

その不安、恐れを紛らわすため、一人の世界に没入していた。

昆虫採集や植物の観察、動物の飼育や、工作など、

時間を忘れて一人でのめり込んでいた。

 

そんな「孤独」もあってか、弱い者や自然への共感性が異常に高い子どもだった。

「虫を殺したらあかん!かわいそう!」

「アフリカの子どもはご飯食べれへんから、食べ物大事にせなあかんで!」

「森にゴミ落ちてて、森がかわいそうやったから、全部ゴミ家に持って帰ってきた!」

 

気づいたら小学校内で、「自然を大切にしよう!」と啓蒙してまわっていた。(笑)

あまりに変わった子どもだったので、姉に「兄弟と思われたくない」と嘆かれていた。(笑)

 

そんな中、親だけは面白がってくれた。

「あんたは、多分大器晩成や」

唯一自分の存在を許容してくれた。

 

授業中にも頭の中で、あらゆる想像を繰り広げていたため、

小学校6年間で受け続けた評価は「人の話を聞きましょう」だった。(笑)

 

心ない先生からは、その「個性」を全否定され、

「なんでみんなと同じようににできないの?」

と暴力を振われることもあった。

 

 

本当の自分を隠しつづけた中学時代

 

 

中学になり、思春期にもなると、流石に他人の目を気にしはじめる。

自分と人との「差」を「恥」と意味付け、

いつしか、心の声に耳を塞ぎ、他人の声が正しいと思うようになった。

 

「仲間外れ」は社会的な「死」であり、

「陰キャラ」「陽キャラ」という二元論で、人が分断された。

いかに自分が「陽キャラ」であるか、アピールすることが自分の生きる手段あった。

 

そんな殺伐とした「中学校」という社会の中で、

心の拠り所は、所属していた陸上競技部の活動であった。

 

一流の選手の動きを、ビデオテープで何百回と再生して、走るフォームを研究した。

才能は全くと言ってよいほどなかったが、目標に向けて生きる素晴らしさを学んだ。

 

音楽との出会い

 

高校に入ると、陸上競技を続ける傍ら、音楽に没頭した。

自分の内なる世界を、外の世界に表現することで、自分が生きていることを実感できた。

作詞、作曲し、ギターを弾いて歌う。

「モテたい」という下心から始めたギターも、気付けば様になっていた。

自分たちが作曲した曲を、数百人の前で歌い、観客が感動し涙することもあった。

 

付き合っていた彼女とは、オレンジ色の夢を描き、

心の根底に横たわる「孤独」は、一時的に淡い「愛」で満たされた。

人生において、親以外から人格を全承認された、初めてのことだったかもしれない。
 
次に続く。